Sunday, November 28, 2010
「夢や希望を持ちなさい」と、孤独を退屈の象徴としてしか認識していない中身の空っぽな大人は言う。
彼らは気付いていない。
継続している幸福、殺し合いをしてまで人々が求めてやまなかった「第一の幸福」を、既にこの島国の人々が手にしていることに。
「・・・」
求めるべきは、第二の幸福。「瞬間の幸福」。
「健康」という言葉は使うときになんとなく気恥ずかしさを感じる。けれど、第一の幸福(継続する幸福)を実感するのには絶対に必要不可欠な要素で、また、孤独と正面から向き合う必要性を自らの内面に認める優れた個性を持つ人間は、自然と健康を管理する事の大切さに気付くだろうと思う。
「人は死をもってして初めて、正確なモノサシを手に入れる」事が出来るのだから、例えば、1時間が長いのか短いのかは、その人の人生の長さと比較してみないと本当の意味では解らないはずだ。
解らないことだらけの世の中なのだから、人間の一生とは怯えふるえて縮む程大事なモノではない。
とやかくうるさい人々が何をわめこうとも、第二の幸福を捕まえる準備を、「礼を誇りと共に兼ね」ながら独り続けていこう。
幸福について―人生論, ショーペンハウアー の感想 - ブクログ (via yellowblog)